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教員インタビュー 宮﨑 理 講師(社会福祉学科)

1. ご自身の専門分野について教えてください。

 私の専門分野は「社会福祉学」です。そのなかでも、「ソーシャルワーク論」や「ソーシャルワーク実践理論」に関わるテーマを中心に研究しています。ソーシャルワークの価値や倫理、あるいは問題認識や人間観、社会観といった「ものの見方」に関するものです。

2. 主に担当されている教科と学生教育における取り組みについて教えてください。

 「ソーシャルワーク論」や「ソーシャルワーク演習」、「ソーシャルワーク現場実習指導」などを担当しています。いずれも、「社会福祉士」という国家資格の受験資格取得に必要な科目です。

 東京にある国立国会図書館には、新約聖書のヨハネ福音書に由来する“Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ”(真理がわれらを自由にする)という標語が掲げられています。これは、私の好きな言葉のひとつです。学生のみなさんには、学問を通して(様々な意味で)抑圧から解放されて「自由」になって欲しいと願っています。そのためには、「知的誠実」が必要です。それは、自分自身や自分が属している社会を相対化し、謙虚に学び続ける姿勢です。どのようにすればそのような姿勢を育むことができるのか、日々悩みながら学生教育に取り組んでいます。謙虚であることは、他でもない私自身の課題でもあります。

 私が講義で話すことやゼミで購読する文献は、学生のみなさんにとって少し難しいのではないかと思うこともあります。しかし、敢えてそうしている側面もあります。「わかりやすい」ということは、物事を単純化し自分自身で考える余地をなくしてしまう暴力的なことでもあるからです。ですから、難しいことから逃げずに、常に挑戦し続けて欲しいと思っています。

3. 現在取り組まれている研究について教えてください。

 私はこれまで、社会的に排除・抑圧されがちな人びとの現状について研究してきました。例えば、セクシュアル・マイノリティや在日朝鮮人、日本国外では人身取引の被害者などにインタビュー調査を行いました。この社会は決して平等ではなく、人びとの間には線引きがあり、社会的な承認や資源などは不平等に分配されています。「善いもの」として提供されている社会福祉制度やソーシャルワーク実践も、排除的・抑圧的な側面を持っていますので、それらに目を向ける必要があります。

 こうした研究をもとに、現在は、日本におけるレイシズム(人種・民族差別)の克服を目指したソーシャルワークの理論と実践について中心的に研究しています。レイシズムに関しても、ソーシャルワークに含まれている差別的な側面に自覚的になることが重要であると考えています。この研究では、イギリスやカナダなどで取り組まれてきたラディカルなソーシャルワークの知見を手がかりにしています。

 私の研究の背景には、ポストコロニアリズム(植民地主義を問題化する研究)やフェミニズム/ジェンダー研究など様々な学問から学んだものがあります。また、最近は哲学に関心を払っており、ジュディス・バトラーの思想をソーシャルワーク研究に積極的に取り入れていくことを模索しています。枠組みに囚われず学際的であることが、社会福祉学の面白さであると思います。

4. 名寄市立大学の学生に対する印象を教えてください。

 教員が投げかけた問いについて、深く考える姿勢に好感を持っています。しかし、もう少し自分で問いを立ててみて欲しいと思うことも少なくありません。そのためには、素直なだけでなく、(語弊を恐れず雑駁な言い方をするならば)多少「ひねくれていること」も必要なのではないでしょうか。

5.名寄市の印象はどうでしょうか。良いところ,悪いところ含めて教えてください。

 良いところは、夜が静かなところです。私は夜に音楽を聴きながらお茶を飲み、本を読んだり文章を書いたりして過ごすのが好きです。この文章も、バッハのゴルトベルク変奏曲を聴きながら書いています。悪いところは、名寄に来てからイネ科の花粉症になったことです。

 社会環境については、研究者として仕事をしている私と学生のみなさんとでは、感じることが違うと思います。ぜひ、オープンキャンパスに参加して在学生に尋ねてみてください。

6.これから大学を選ぶに際して,名寄市立大学を希望する高校生の皆さんへのメッセージをお願いします。

 社会福祉の領域では、「誰もがかけがえのない尊い存在である」とよく言われます。しかしそれは裏を返せば、人間は根源的には孤独な存在であるということではないでしょうか。私の人生は私にしか生きられませんし、私は私の立っている場所からしか語ることができません。しかも、語るという行為は、他者に伝えたいようには伝わらない危険性を常に孕んでいます。これはとても孤独なことです。

 私が好きなイタリア文学者の須賀敦子は、『コルシア書店の仲間たち』のなかで、「人それぞれ自分自身の孤独を確立しないかぎり、人生は始まらない」と記しています。そしてそのあとに、「孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う」という言葉を続けています。

 社会福祉学は、誰かを「支援」するため(だけ)の学問ではありません。他者と決して分かち合えないものを抱えながら、それでも他者なしには存在しえない私たちが、どのようにすれば共に生きていくことができるのかを探究する営為です。そのなかには、自分自身の生き方や、社会のあり方を問うことも含まれています。私はとても苦しい高校時代を過ごしましたが、大学で学ぶことで(少しだけ)「自由」になれたように思います。その経験が研究者になることにつながりました。学問の種類はたくさんありますが、社会福祉学に興味を持ちましたらどうぞお越しください。

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