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平成25年度卒業証書・学位記授与式学長告辞を公開しました。

学長

 3年と少し過ぎました。おそらく各地の卒業式でも触れられ、参加者のすべてが何らかの思いを抱かれていることでしょう。しかし、被災者の方々はまだ、心の折り合いもほとんどつけられないまま3・11を迎えたことと思います。その苦悩を共有し、だれもが自問し続けることが求められています。それが、どこでも、だれでも、できる、しなければならないわれわれの義務であり責任だと思います。

 さて本日、ご来賓ならびに関係各位のご臨席のもと、平成25年度名寄市立大学・名寄市立大学短期大学部の卒業式・学位記授与式を挙行できますことは、大きな喜びであります。保健福祉学部・栄養学科39名、看護学科50名、社会福祉学科53名、短期大学部児童学科52名のみなさま、そしてご父兄のみなさま、おめでとうございます。名寄市立大学を代表してお祝いを申し上げます。

 本学も開学して54年、半世紀以上にわたる風雪に耐え、4大化以降すでに8年がたち、2年後の2016年には児童学科の4大化、そして新図書館や講堂の完成も予定されています。ここまで来ることができたのも、総数7802名の卒業生のみなさん、先輩教職員、設置者・市民の支えがあったからこそと思います。みなさんの歩みも、このように連綿と続いてきた本学の歴史の一角を占めることになります。

 これからみなさんは、管理栄養士として、看護師や保健師として、社会福祉士として、保育士などとして、あるいはこれらの専門職からいくぶん距離のある職業にも就くことでしょう。その旅立ちの日、学長という役割を与えられた一人の人間として、あらためてみなさんに、私どもの役割、本学のミッションといったことを再確認するかたちで、お話をさせていただきます。

 これから多くのみなさんが向き合うのは、他者への依存なしには生活できない、生きて行くことの困難な人びとです。ケアを必要とする子ども、高齢者、障害者あるいは病気の人びとなどです。本学はそこに生じる諸課題に、栄養、看護、福祉、あるいは保育といった視点からアプローチしていく、プロフェッショナルな人びとを育てています。もしも大きな枠で括るとすれば、それぞれの専門性に基づく、さまざまな形をとった「ケアの専門職」を生み出しているのが本学です。文字通り「人の誕生から死までのケア」の課題を扱っていることになります。だから、本学のキャッチコピーは、「ケアの未来をひらく名寄市立大学」なのです。

重度の障害を持つ娘さんを抱えたアメリカの女性哲学研究者、エヴァ・フェダー・キティは、ケアについて、こんな風に言っています。

 「依存して生きる者たちにはケアが必要である。まったく無力な状態で生活全般にわたってケアが必要な新生児も、また身体は動くけれども弱って生活に介助が必要な高齢者も、基本的なニーズを満たしてくれる人がいなければ、生きることや成長することができない。依存は、幼少時代など長期にわたることもあれば、一時的な病気のときのように短期間のものもある。・・・・・人間の成長や病気、老いといった不変の事実を考えれば、どんな文化も、依存の要求に逆らっては一世代以上存続することができない。」 まさに人間の誕生から消滅を含んだ再生産を担っているのがケアなのです。

 彼女は続けてこう述べています。「ケア責任を負うのは誰か、実際にケアを行なうのは誰か、ケアがきちんと行なわれているかを確認するのは誰か。ケアサービスを提供するのは誰か、ケアする者、される者の双方を扶養するのは誰かといった問題は・・・・社会的および政治的意志の問題なのだ。・・・・・社会がこのようなニーズに対するケアをどう体系化するかは社会的正義の問題である。」

 このように捉えてみると、みなさんのこれから就く仕事やわれわれが追求しなければならない課題は、まさに社会的大義に基づくものだと言えます。しかし、このケアの領域の体系化が社会的正義の問題でもあることは、なおこの領域に多くの課題が横たわっていることを意味します。その代表的な表れが、たとえば老人漂流、孤立死、児童虐待などに象徴される人間の尊厳の軽視、そしてジェンダー格差と結びついたケア専門職の低い労働条件の問題などでしょう。ですから、われわれには、その環境を変革していくための努力もまた求められています。すなわち、ケアの専門的技術を発展させるとともに、ケアを国民の「社会的・政治的な意思の問題」にすることです。

 それはおそらく持続的な努力を要するものとなるでしょう。作家宮本輝は『三十光年の星たち』という作品において、こんなことを登場人物に語らせています。「現代人には二つのタイプがある。見えるものしか見ないタイプと、見えないものを見ようと努力するタイプだ。きみは後者だ。現場が発しているかすかな情報から見えない全体を読み取りなさい」。これは、雑草生態学という地味な領域での現場主義からの努力が、やがて植物生態の基本原理を明らかにする研究成果に結びついていく話を通じて、何のとりえもないと自ら思い込んでいる青年に、その彼を採用した老人が理由を述べる場面の文章です。わたしもまた、「きみたちは見えないものを見ようと努力する後者のタイプである」「そうあってほしい」と願っています。

 この「見えないものを見ようとする努力」という点では、あるいは「想像しようとする努力」という点では、専門職であるがゆえの視野の狭さ、とくに専門職としてのプライドが邪魔をすることもあります。先の宮本の作品でも、専門家としての植木屋と地道な現場主義の研究者との植林技術をめぐる対比で、そのことに言及しています。われわれはだれでも「自分はだけは」と思っていても、その危険性からは免れないものです。そんな時、こんな文章も参考になるかと思います。いくぶん古いのですが、山本周五郎の時代小説『ながい坂』からの一節です。

 「人間はたいてい自己中心的にいきるものだ、けれども世間の外で生きることはできない。たとえば阿部の家で祝いの宴をしているとき、どこかでは泣いている者があり、親子心中をしようとしている家族があるかもしれない、自分の目や耳の届くところだけで判断すると、しばしば誤った理解で頭が固まってしまう、―いまわれわれはすっかり忘れているが、井関川の水は休まず流れているし、寺町では葬礼がおこなわれているかもしれない、わかりきったことのようだが、人間が自己中心に生きやすいものだということと、いまの話をときどき思い浮かべてみるがいい」

 もちろんみなさんは、こういうことが想像できる資質を持ち、本学の薫陶を受け、それぞれ努力し、ここに卒業を迎えることができたのでしょう。しかし、こういったことは案外わかっていても、やはり忘れているものです。また知らない間に、われわれ自身の中に住みついて、客観的物事を捉えなおすことを妨げ、その思考をも単純化させるものもあります。そのひとつに、意外と厄介なアイデンティティなるものがあります。たとえば日本人のアイデンティティという場合、しばしば固定的に思い込んで、歴史の中で、支配者に都合のよいように社会的に構築されたものを「われわれのもの」と考えていることもあります。

 その点ではいま、こんな見方も求められているのではないでしょうか。私の好きな作家のひとりである乙川優三郎は、自身初の現代小説『脊梁山脈』において、木地師の源流と国家の成り立ちを古代に探る中で、こんな語りを展開しています。最後にその一節を紹介し、お話を終えたいと思います。

 「時を経て国中に広まる稲荷信仰はそうして帰化氏族がはじめたもので、日本人がお稲荷さんと親しみ、手を合わせてきた五穀の神も海を渡ってきたと言えなくもない。柏手を打つ手に古代の渡来人の血が流れていることを感じる人はいないが、心を通して無理なく受け入れ、生活に浸透したものは血の伝えるものよりしたたかなのかもしれない。彼らを飽くまで半島からの越境者とみるか、日本人として日本を拓いたひととみるかで、その人の日本が変わる。いつか心の豊かな時代がきたら、国史も変わるかもしれない。渡来から十数世紀も経て国民に皇国史観を押しつけ、戦争に動因した国も日本なら、帰化人に史書の編纂や外交や寺社の造営を頼りながら、民族固有の文化と産業を生み出したのも日本である。その源流から強引に帰化人を外すことはできないように、純粋と思われてきた民族の源流にも彼らはいるのであった。国に固有の美質をいう国粋という言葉も、もっと嫋やかで開放的でなければならない。」

 卒業生のみなさんの今後のご活躍を期待しつつ、卒業式告辞といたします。

平成26年3月18日

名寄市立大学・名寄市立大学短期大学部・学長 青木 紀

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