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コラム@NCU「つながり(第4回:働くことによるつながり)」(清水池 義治)

 みなさん、こんにちは。名寄市立大学の清水池(しみずいけ)義治です。専門は農業経済学で、経済や農業関係の科目を担当しています。
 私は、労働=働くことによる社会とのつながりというテーマでお話しします。まず、労働とは何でしょうか。給料をもらうために会社に雇われて行う活動というイメージが普通だと思いますが、経済学的に言うと、人間が自然(この場合の自然は自分ではないものという意味)に働きかけてモノを作り出す活動です。モノとは人間が生きていくために必要なもので、例えば食料・衣服・住居などなどです。これらモノには、形のある物体だけではなく、学校で生徒に教えたり、髪を切ったり、お客さんをもてなしたりといったサービスも含まれます。
 ところで、現代の社会では、私たちは、直接には自分のためではなく、他人のために働いています。どういうことかと言うと、私たちは働いてモノ(あるいはサービス)を作っていますが、そのモノは自分が使うのではなく、他人が使うモノですね(そのうちの一部を自分で使うこともあるかもしれませんが、大部分は他人が使うモノです)。みなさんの周りにはモノがあふれていると思いますが、そのほとんどがみなさんではない他人が作ったモノですよね。逆に言うと、生きていくために必要なモノを全て自分で働いて作っている人は、ほとんどいないということです(別の言い方をすると自給自足)。このように、人間が生きていくために必要なモノを個人個人でそれぞれ作るのではなく、社会全体で分担して作ることを、経済学用語で「社会的分業」と言います。私たちは特定の仕事だけに従事しながら、社会に生きる人間にとって必要なモノを作り出しているのです。人間は、多くの動物のように単独では生存できず、社会=つながりの中でしか生きていくことができないのです。
 こう考えてみると、私たちは働くことを通じて社会とつながっていると言えます。ひょっとすると、給料(お金)をもらうためだけに働くと考えている人もいるかもしれませんが、労働は給料をもらう以上に重要な意味があります。人間は、労働を通じて、社会とつながっている、あるいは社会にとって必要とされていると感じることができるのです。これは人間にとって、とても大事なことです。アルバイト経験のある人だとわかると思いますが、同じ1万円でも、アルバイトで稼いでもらえる1万円と、お小遣いでもらえる1万円とでは、アルバイトの方がうれしくありませんか。これは、働くことで得られたお金は自分が社会に必要とされている「証拠」だからです。また、給料のない労働、例えばボランティアや家事を通じても社会とつながることができるので、給料は出ませんが、これらの活動も社会的には立派な労働と言えるかもしれません。労働は、人間にとって最大の生き甲斐なのではないかと私は思います。
 ところで、今の社会には不幸にも働くことのできない人々が多く存在しています。当然、お金がなくて生活できないので、国は「生活保護制度」など社会保障制度を通じてお金を渡し、これらの人々の生活を支えています。さしあたり、それで生活できているようですが、それで問題がないわけではありません。働くことのできない人の多くは、働けないことによって社会とのつながりを感じることができず、自分が社会から必要とされていない、のけ者にされているという意識になり、生き甲斐を持てない状態になっているそうです。働くということは、人間にとって生きる活力をもたらす大切な行為なのです。

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