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コラム@NCU「つながり(第2回:女性脳科学者の体験から考えたこと)」(加藤 隆)

 先日、ウェブ上のTEDというサイトで脳科学者であるアメリカ人女性のプレゼンを見ました。脳卒中を自ら体験した有様を、まさに自分の内側から科学者の目を通して徹底的に観察した感動的なスピーチでした。ある朝、頭にしびれるような激痛を感じ、読むことも書くことも、まともに動くこともできなかったという。左半分の脳の血管が破裂していたのです。名刺に書かれた“くねった線の形”と、電話のボタンにある“くねった線の形”を一致させて(つまり、それを言葉や数字と認識する能力を失っていた)やっとのことで電話をし、幸いにも同僚につながる。異変に気づいた同僚の素早い対応により、一命を取りとめたとのことでした。
 ここからが彼女の真骨頂です。左脳の壊滅的な状態の中で、機能が残されていたのは右脳だけ。その右脳体験が示唆に富んでいるのです。こう話してました。「右の脳半球の意識を通して見ると、私という存在は、私を取り巻くすべてのエネルギーとつながっているエネルギー的存在であり、人類という家族です。この瞬間、私たちは完璧で、完全で、美しいのです。私たちは宇宙の生命力です。私は、私を作り上げる50兆もの美しい細胞が一体となった素晴らしい存在です。」
 そうなんです!右脳の世界で見ると、我々はすべてとつながっている存在であり、完璧で美しい存在であり、ひとつの体の中に50兆もの細胞が仲良くつながっている素晴らしい存在だと言っているのです。なんだか、彼女の言葉にほっとして、肩の力が抜けるような感じになりますね。
 ところで、社会を見渡すと、どうも右脳よりは左脳重視、つながりよりは切断重視が加速しているように思います。こんな話を聞いたことがあります。必要な物が整った子ども部屋が自分の基本的な居場所で、食事のときは親が携帯で知らせるという家庭が増えているそうです。しかも、食事中も特段の会話もなく、食べ終わったら再び自分の居場所に戻る生活。ここにも、何か切断されている風景を感じます。また、私の経験したことですが、中学高校と優秀で、現役で有名国立大に入学した知り合いがいます。しかし、この子が卒業する段になって、母親から就職の相談を受けました。どこか図書館の地下書庫を整理する仕事はないかと。そうなんです。この子は人と付き合わなくても済む仕事しか出来なくなっていたのです。右脳と左脳のバランスがどうだったのかと思えてなりません。
 さて、今は科学の時代です。科学は英語でScienceですね。この言葉は、もともとラテン語のSciare(スキエーレ)から来ていると学んだことがあります。意味は「小分けにする」ということです。ちなみに、Sciで始まる英語は少ないのですが、Scissorsはハサミです。やはり、小分けに切り分けるものですね。つまり、科学(Science)の手法は、できるだけ細かく切り分け、切断をして真理に近づく手法なのでしょう。でも、私たちの心の何処かには、「切り分け」とか「切断」をして真理に近づく手法ではない、その逆の手法で真実に近づきたいという欲求も強くなっているのではないでしょうか。別な言い方をすると、右脳と左脳のバランスを保ちたい、つながりと切断のバランスを保ちたいという心の叫びなのかも知れません。
 そのような意味で、最初に紹介をした、あの脳科学者の言葉には、私たちがこれから生きていくヒントが隠されていると感じた次第です。(名寄市立大学  加藤 隆)

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