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コラム@NCU「高校3年生・高校生(第1回:新しい英語の先生と出会って四半世紀)」 関 朋昭

 こんにちは。名寄市立大学の関朋昭(せきともあき)です。いよいよ最終学年ですね。今年度のテーマはズバリ「高校3年生」または「高校生」とさせていただき、本学の先生方に高校時代を振り返っていただきます。みなさまのお役に立つ保障はできませんが、どうか1年間よろしくお願いいたします。第1回目は私が振り返ってみます。

 英語ができない、致命的だ。中学時代、英語の試験で90点を下回ることはなく、お得意の科目だった。だが、高校1年の最初につまずいた英語は、受験を控えた3年のときには、すでに取り返しのつかない状況となっていた。2年までの模擬試験の英語は200点満点で2桁台を連発、低空飛行の安定した実力を身につけていた。当時は受験を控え相当焦っていたと思う。そこで閃いた。「そうだ、受験科目に英語がない大学へ行けば良いではないか」、そんな単純なことに気がつかないなんて、本当に頭が悪いなぁ。急いで進路相談室へ行き、電話帳と見間違えるような分厚い大学受験情報誌を真剣にめくりながら、英語が受験科目にない大学を探した。(たしか)1つだけあった。その大学のことは、今となっては曖昧な記憶しかないが、確か関西方面? 短大? 被服系? 繊維系? だったような記憶がある。さすがに僕のキャラクターを勘案しても厳しい進学先だ。
 そんな悲惨な状況の中、3年から英語の教科担任がかわった。英語の先生が新しくなったからといって期待感はなかった。しかし、一応、新しい英語の先生に、僕の苦悩を打ち明けてみた。

      関    「英語が苦手で嫌いです。本当に大嫌いなんです。」
  新しい英語の先生 「いつから?」
      関    「高校1年からです。中学の時は好きでした」
  新しい英語の先生 「それじゃ、無理して英語を勉強しなくていいよ」
      関    「え!?」
  新しい英語の先生 「将来、英語が必要になったとき、その時に勉強すればいいのよ。今は、英語を嫌いにならないこと、無理して勉強することなんかないのよ」
 
 こんなことを言われたのは初めてだった。その後、僕は新しい英語の先生の言葉を信じ、本当に英語の勉強をしなくなった。不思議なことに少しずつ英語嫌いでなくなっていった。憑き物が落ちた。センター試験(当時は共通一次試験)の英語は辛うじて半分程度だったが、どうにか大学に合格することができた。そして大学3年のとき、指導教授から英語の原著論文を1週間後までに訳すことを課せられた。どんな簡単な英単語も、自信がないがゆえに全部引いた。その1週間はキツかった、けれどもなぜか楽しかった。それ以降、英語論文を何篇も訳すことになったが、気がついたら筆者の言いたいことを必死に理解しようと頑張る自分になっていた。30歳頃だったと思うが、気まぐれでセンター試験の英語を解いた、8割とれた。
 どうしても新しい英語の先生にお礼がいいたかった。先生のお陰で英語が苦手でなくなりました、と。2014年2月、四半世紀(正確には26年)ぶりに新しい英語の先生にお会いできた。泣けた。僕のことを覚えていてくれたことも嬉しかったが、お変わりがない凛とした先生の姿に郷愁を感じた。新しい英語の先生は、現在も英語を教えている。And even now she teaches English at a University.

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