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コラム@NCU 第2回 点を線にすること、面にすること(加藤隆)を掲載しました。

名寄市立大学の加藤 隆と申します。前回から始まったコーナーですので、私が第二回目の担当になります。ちょっと自己紹介をしますと、今年の四月に名寄に赴任しました。その前は札幌圏で二校の大学(私大と短大)に勤務し、その前は小学校教諭と幼稚園教諭もしていた変わり種です。

 さて、本題に移ります。今日は「点を線にすること、面にすること」というテーマです。日本史に関する質問を一つ。「1543年にあった大きな出来事は?」どうですか?みなさんの記憶装置に尋ねてみてください。答えは、「種子島でのポルトガル人による鉄砲伝来」となります。有名なので、思い出した人も多いでしょう。しかし、ここで終わってしまったならば、ただの無味乾燥した一点でしかありません。

 そこで、この一点の横に、別の一点を置いてみましょう。「このポルトガル船は、ある港を出た後に漂流してしまい種子島に漂着した。その港とは中国のマカオである。」俄然、興味のアンテナがピクピクと動き始め、種子島が意味あるものに見えてきたのではないでしょうか。二点を置くことによって、点と点が線で結ばれ、そこに「なぜマカオ?」「どうして漂流?」という問いが生まれてきます。ついでながら、もう一点を加えてみましょう。「この時期は、ポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマによってアフリカ最南端の喜望峰経由の航路が発見され、ポルトガルは中国貿易を中心とする大航海時代の最盛期だった。」三点になることで、線が面へと広がります。日本史を世界史の相で捉えることによって、いよいよ学ぶ者の興味も膨らんでいきます。

 これまで多くの学生の話を聞きましたが、中学高校時代を振り返って口にするのは、歴史は暗記科目であり、ただひたすら年代や出来事を覚えることに汲々としていたというものです(名寄高校は違うとは思いますが)。学ぶ側にとっては相互に関係のないような一点のたくさん入った「詰め合わせ」を覚えるというのは辛いことですね。そうではなく、一点の横にもう一点を見い出して「線」にしてみること、線の横にもう一点を見い出して「面」にしてみることで好奇心や学ぶ習慣やチャレンジ精神が鍛えられます。このように、二点三点と関係性を広げて考えることを「複眼的な思考」(トンボのように複眼によっていろんな視点から物事を捉えること)などと言います。そして、一点に止まることなく思考の輪郭を広げていくのは、その気さえあれば皆さんも十分にできることです。

 私の経験です。コーヒーの好きな私は、喫茶店で一杯350円のコーヒーが、生産地ではいくらで売られているか疑問になりました。そうです、別の一点を自分で見つけ出しました。なんと驚くなかれ、私が調べたタンザニアのコーヒー豆生産者が受け取る一杯のコーヒー豆代の取り分は2円でした。350円の喫茶店のコーヒーという一点と、それが生産者は2円の取り分であるという一点が線でつながりました。このようにして、興味や関心はどんどん広がっていきます。

 今回は、学びというものを一点に止めるのではなく、線にすることや面にすることの大切さをまとめました。そして、思うのです。このことは、単に学びについてだけ言えることではなく、人との関わりについても言えるように思います。みなさんも、線や面がたくさん溢れた高校生活を送ってください。

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