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コラム@NCU 第1回 学校は素晴らしい(関朋昭)を掲載しました。

 こんにちは。名寄市立大学の関朋昭(セキトモアキ)と申します。まずは関の自己紹介です。大学ではスポーツ理論という講義を担当しております。なぜスポーツをやるのか?スポーツは本当に素晴らしいのか?といったことを日々研究しております。面白そうですか?難しそうですか?どうでも良さそうですか?その通りですね。
今回から本学の教員が、「あるテーマ」に関してリレー形式で語っていくことになりました。みなさんの高校生活が楽しく豊かになるため少しでもお役に立てればと思っております。初回のテーマは、「学び」としました。なぜ人間は学ばなければならいないか、「学び」とはどういうことなのか、本学の先生が、それぞれの専門の立場から、多角的に語ってくれます。第1回目は私が「学校は素晴らしい」について語ります。宜しくお願いします。
 学校で学ぶ知識(教科書)は、すでに偉い人たちがつくったものです。つまり、ある種の体系です。数学から歴史まですべてに当てはまります。体育もそうです。正に学校とは、この知識体系を教えてくれるところなのです。ちょっと待って、塾や予備校でも知識は教えてくれるよ。むしろそっちの方が効率良く教えてくれるよ、という見方もあるでしょう。しかし、学校の方が素晴らしいと僕は思います。その理由を説明しますね。
 例えば、少し痩せたいと思っているあなたは、セキ先生とスポーツクラブの先生のどちらにダイエットを学びたいですか?実際、スポーツクラブで教えてもらうことで、目標値をクリアできることがあるでしょう。それは「あなたは合格点の水準に達しましたよ」と教えてくれるのと一緒です。しかしセキ先生は違います。セキ先生は「こうやったら痩せられるかもしれないよ、自分で考えてみなさい」としか教えません。冷たい先生ですね。めんどくさそうな先生ですね。僕は悪い先生なのか?そこで弁明がてら、二人の先生の違いを整理してみましょう。スポーツクラブの先生は「ここまで」という到達点を明示したのに対して、セキ先生は到達点を明示せず「自分で考えなさい」と言いました。違いはここだけです。スポーツクラブの先生は、契約期間が過ぎれば満了となりますが、僕だけではなく、学校の先生はみなさんのこれからの将来に責任があります。考えてみてください。もし到達目標への最短ルートのみを教えるような先生ばかりの学校だったらどうでしょうか。みなさんは他の方法があることに気付かず、自分に合ったやり方を模索することもせず、将来的に物事を深く考えない人間になってしまうかもしれません。将来、クラスの全員が同じ大学や職業に就くわけでもないのに、言う通りにしていれば全員が同じ目標に到達している学校なんて、なんだか不気味ですね。むしろ先生そして学校は、みなさんに「生きる力」を身につけてもらうように苦労や努力なども教えているのです。
 「急がば廻れ」というたとえにもありますが、一見、非効率にみえることが実は将来的に非常に効率的なのです。これを教えてくれるところが学校であり、先生なのです。学校は素晴らしいと思いませんか。
(注)「生きる力」とは文部科学省がねらいとしているものの1つです。ぜひ調べてみてください。

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