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平成24年度卒業証書・学位記授与式学長告辞を公開しました

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 2年と少し過ぎました。おそらく各地の卒業式でも触れられ、参加者のすべてが何らかの思いを抱かれていることでしょう。しかし、被災者の方々はまだ、心の折り合いもほとんどつけられないまま3・11を迎えたことと思います。その苦悩を共有し、だれもが自問し続けることが求められています。

 さて本日、ご来賓ならびに関係各位のご臨席のもとに、平成24年度名寄市立大学・名寄市立大学短期大学部の卒業式・学位記授与式を挙行できますことは、大きな喜びであります。保健福祉学部・栄養学科42名、看護学科52名、社会福祉学科49名、短期大学部児童学科55名のみなさま、そしてご父兄のみなさま、あらためておめでとうございます。名寄市立大学を代表してお祝いを申し上げます。

 不安定なプレートの上にわれわれが存在していることは、なにも自然のプレートという意味だけではありませ
ん。ある意味、自然のプレートの不安定さは歴史的に受け入れてきたことでもあります。しかし、生活の不安、危険な国家間の対立、何よりも自然の循環から切り離された原発という装置に対する曖昧な態度、それらのリスクを伴った現代社会のプレートは、われわれが作り上げてきたものです。その意味で、われわれもまた、その責任からは逃れられません。われわれは、そこに生きています。

 「失われた20年」が30年にもなろうとするいま、日本人に生き方の喪失感のようなものを抱かせている背景には、人びとに夢を抱かせる大きな「物語」がないことがあるかもしれません。「コンクリートから人へ」も失敗し、「戦後レジームからの脱却」も不安を募らせるだけのように見えます。振り返れば、みなさんは「失われた20年」を通じて大人になり、今日を迎えています。そのように考えると、みなさんは、そこを生き抜いてきたたくましい、そして恵まれた存在だとも言えます。

 同時に、みなさんの歩みは、50余年連綿と続いてきた本学の歴史の延長上にあり、卒業生総数7608名の最後列に位置づくものであります。北の寒天に小さくともきらりと光る大学、その歴史を築いてきた一員です。この道北・名寄に潤いを与え、まちの活性化を担ってきた一員でもあります。あらためて名寄市民の立場からも感謝申し上げます。

 これからみなさんは、管理栄養士として、看護師や保健師として、社会福祉士として、保育士などとして、あるいはこれらの専門職からいくぶん距離のある職業にも就くことでしょう。その旅立ちの日、学長という役割を与えられた一人の人間として、何をみなさんに届けるべきかと思ったとき、一昨年は、「悼みと感謝」について、昨年は「社会における個人の責任」について述べさせていただきました。今年は、本学の目標とかかわって、「ケアの専門職の社会的役割」といったことについてお話しさせていただきます。

 それは言うまでもなく、本学の役割にもかかわったことでもあります。その意味では、本来入学式でお話しすべきことかもしれません。しかし、なお発展途上にある本学の学長として、あらためてここで触れることによって、みなさんへのメッセージとしたい、という思いがあります。ご理解を賜れば幸いです。

 本学を卒業した多くのみなさんが対象とするのは、端的に言えば、他者への依存なしには生活できない、生きて行くことの困難な人びとです。とくにケアを必要とする子ども、高齢者、障害者あるいは病気の人びとなどです。本学はそこに生じる諸課題に、栄養、看護、福祉、あるいは保育といった視点からアプローチしていく、プロフェッショナルな人びとを育てています。もしも大きな枠で括るとすれば、それぞれの専門性に基づく、さまざまな形をとった「ケアの専門的与え手」を生み出していると言えます。だから、本学の新たなキャッチコピーは、「ケアの未来をひらく名寄市立大学」なのです。

 ところで、このケアという仕事を「自立」と「依存」という言葉を使って社会の中に位置づけようとすれば、二つの概念は対立しあう関係ではなく、実は両者がセットになってはじめて、社会は成り立つ関係にあることをまず理解しておく必要があります。たとえば、自立しているような大人でも、その一生涯には依存を必要とするときが必ずあります。また現役バリバリといわれるときでさえ、だれかが依存の状態にある人びとをケアしているからこそ、その人が自立した状態にあるのが保障されているのです。つまり、「依存」と「自立」は社会の根幹をなし、両者は切り離されない関係にあります。それを結びつけているのが“ケア”という仕事だと考えることもできるのです。

 このことは、いつでも、ケアを担う人びとがいない限り社会そのものが成り立たなかったことを示しています。しかし歴史的には、ケアの仕事は時代ともに専門職化しています。その背景には、ボランタリー労働の専門化、戦争等に伴う国家からの要請、現代においては何より女性たちの自由と平等と自立を目指した仕事を求める動きなどがあります。それらが重なり合って専門職化の動きが加速してきたのが現代と言えるでしょう。しかし、ケアの専門職化はまだ途上にあります。また職種によって差もあります。

 このケアの基底には、ケアされる受け手とケアする与え手の間の相互行為と関係のさまざまなありようがあります。だから、専門職としてのケアの理想を実現していくためには、つねに先行する人びとが、新しい知識・技術を実践場面で具体化し、ケアの過程は両者の共感や権利に裏付けられたものでもあることを意識し、同時に社会のありようや価値規範の変革を伴うものでなければという認識にたち、いくつもの壁にチャレンジしていかなければなりません。本学のキャッチフレーズ「ケアの未来をひらく」は、そのような意味を含んでいます。

 それは、教員であるわれわれとみなさん方とは、これから同じ共通理念を掲げ、その実現のために互いに切磋琢磨して行く関係に入っていくことを意味しています。またそうしなければ、国民の合意、社会の承認も十分に得られず、結果的に、ケアの未来も、われわれの未来も、日本の未来もひらけないからです。だから、今回の卒業式のメッセージでも、「ケアの専門職の役割」をとりあげてみたかったのです。先進世界各国の少子高齢化社会への見通しからすれば、ケアの領域における充実は不可欠な課題です。みなさんへの期待は高まるばかりです。

 しかし、ここ名寄の雪はまだ深く、春もいささか遠い感がするように、一部大企業のボーナスの満額回答が報じられていますが、この社会状況をリードし、人びとを挙げて元気づけるあらたな物語はまだ生まれていません。初めに触れた、被災者たちの現実との折り合いの付け方の苦しさは、とくに放射能汚染で故郷に帰れない人びとにとっては、むしろ時間に逆行して、増しているのではとも想像します。だが、はっきりと言えることは、これまで触れてきたように、あなた方は間違いなく、ケアの歴史の進歩のどこかに位置する存在だということです。

 最後に、作家藤沢周平の「梅薫る」という短編の冒頭にある、こんな言葉を引用しながら、告辞を締めくくりたいと思います。「蕾は大きくふくらんでいる。はち切れんばかりだった。だが丹念にのぞきこんでも、ほころびはじめたのは見あたらなかった。花は、そこまで来ている春を鋭敏に感じとりながら、まだ残る冬の気配を警戒しているようにみえた」。見事な季節感の描き方だと思います。でも今日この日は、これにもう少し付け加えたい気持ちもあります。壇上から見下ろすみなさんはしかし、もうすでに花となって咲いていると。

 卒業生のみなさんの今後のご活躍を期待しつつ、卒業式告辞といたします。


平成25年3月14日

名寄市立大学・名寄市立大学短期大学部 学長 青木紀

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